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  • 投稿日

    2022/11/25

  • コラム

【インタビュー】大人気卓球YouTuber「卓キチ」が誕生するまで 中西淳さんの半生に迫る【前編】

 「卓キチちゃんねる」

 卓球をプレーする人なら、一度は耳にしたことがある名前ではないだろうか?

 YouTubeのチャンネル登録者数は22万人、総再生回数は5億8000万回を超える、日本を代表する卓球YouTuberだ(※2022年11月時点)。チャンネルを運営するのは、「卓キチ」こと中西淳さん。2018年ごろから卓球動画の投稿を本格的にスタートし、2022年の7月には登録者数が20万人に達するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気YouTubeチャンネルとなっている。

 今回、ミングルス編集部では中西さんをインタビュー。卓球YouTuberになるまでの経緯や知られざる生活、どういった思いで活動しているかなどを深掘りし、前後編の2回に渡って特集する。

 前編では、中西さんが卓球と出会い、「卓キチ」が誕生するまでのストーリーを紐解いていく。

目次[ 閉じる ]

小学生の時に地元で流行っていた卓球を始める

―中西さん、よろしくお願いいたします

 よろしくお願いします。

―YouTubeを本格的に始められたのは2018年ということですが、それまではどのように卓球に関わっていたのでしょうか

 社会人になってから1年目2年目は正直あまり卓球をやっていなくて、仕事の方が忙しい時期がありました。でも、やっぱり卓球はやっていて楽しかったので、社会人2年目の後半、3年目ぐらいから少しずつやる頻度を増やしていっていました。25歳から毎週のように大会に出まくるようになって、そうするとみるみる上達もして試合でも優勝するようになって。そこからはもうずっと卓球漬けの日々という感じです。

―卓球を始められたのはいつですか?

 遊びで小学四年生くらいの時から友達とやっていました。クラブチームとかじゃなくて、2週間に1回、卓球を楽しむみたいなイベントが地元であって、それに行っていましたね。

―卓球を始めたきっかけはなにかありましたか?

 二つ上に兄がいるんですけど、兄が卓球をやっていて、僕も小学生のころから遊びで卓球をやっていたということもあり、中学に入るときに卓球部に入りました。野球部に入るつもりだったんですけど、やっぱり小学6年生の最後の方もずっと卓球をやっていたので、卓球部に入るしか選択肢がなくて。兄がやっていたということと、当時は友達との間で卓球が流行っていたから、という感じですね。

ソフトボールにも熱中 地区大会で準優勝も

―卓球以外のスポーツにはなにかはまりましたか?

 小学2年生から6年生までソフトボールやっていたんですけど、めちゃくちゃはまりました。

 父親が岡山で一番強い高校の野球部出身で、小学校のソフトボールチームの監督をやっていたので、ソフトボールを熱心に教えてくれていたんです。最初はあまり興味がなくて、ただ練習をしているくらいだったんですけど、小学3年生の秋ぐらいに別の学校のソフトボールチームの試合を見に行ったんですよ。そしたら、その学校のピッチャーが同じ小学3年生なのに、ウインドミルで腕を回して、山なりとかじゃなくて直線で剛速球を投げていたんですよ。それにめちゃくちゃ憧れて、小学4年生からずっとウインドミルで投げるのを練習していて。

 週1回のチームでの練習以外もひたすらウインドミルで投げる練習して、後にピッチャーとしてプレーすることができました。なので、小学生の時はソフトボールに本気で取り組んでいて、だんだんとチームも強くなっていきました。小学5年生の時には地区大会で16チームぐらいいる中で準優勝したりだとか、そこそこの強豪チームになりましたね。

―すごいですね!

 そんな感じで小学生の頃はソフトボールにハマっていたので、中学に入ったら野球部入ろうかなとも思っていたんですけど、結局卓球部に入りました。

小学生の頃はソフトボールに熱中していたという

―最終的に卓球部に入ることになった決め手はどういったことでしたか?

 何か大きな決め手があったというよりも、本当に徐々にという感じですかね。卓球をやっているうちに「面白いな」という思いが強くなっていって。部活に入った後は1学年上の先輩とかにも2ヶ月ぐらいで勝てるようになっていって、さらに卓球にのめり込んでいきました。

 基本的に負けず嫌いなので、ソフトボールとかも勝ちたくてめちゃくちゃ練習して。卓球に関しては自己流でしたが、当時はめっちゃ練習していました。

―本当に努力の人ですね

 好きでやっているだけなので、努力も多少はしていますけど、結構趣味の範疇というか。やらされてやるというよりは好きで自主的にやる、みたいな感じですかね。

―運動神経は良かったですか?

 どうなんですかね。僕、YouTubeのコメントで「運動神経悪そうな動き」ってめっちゃ書かれるんですよ(笑)。ソフトボールと体操と水泳をやっていたので、運動神経は多分よかったと思います。

 何年生のころか忘れましたけど、体力テストでも50メートル走以外は全部満点でした。足は遅かったですね。短距離走よりは持久走の方が得意で。小学校のときにいろいろ運動をやってきたからこそ、自然と身についた体力なのかなと思っています。

「変わり者」だと言われ続けた

―中学校の頃は卓球以外だとどんなことに熱中していましたか?

 卓球以外だと友達とゲームセンター行くか、「遊戯王(カードゲーム)」をするかぐらいですかね。卓球はもちろん好きだったんですけど、部活ぐらいでしかやっていませんでした。本当に普通の人というか。ただ、小学生の頃から「変わり者」って言われ続けていました。今でもそこは変わってないと思います(笑)。

―昔から周りの人に「変わり者」と言われていたんですか?

 「面白い」とは言われていましたね。その時は自覚なかったですけど、中学・高校・大学・社会人と言われ続けているので、「自分みたいな人が変わり者なんだな」ということに気づきました(笑)。

―高校生になってからも卓球への情熱はずっと変わらなかったですか?

 高校生当時も本気でやっていましたけど、社会人になってからの方が(卓球への情熱が)大きかったかもしれないですね。大学生や社会人1、2年目も卓球をやってはいたんですけど、熱の部分で言うとそこまでなかったかもしれないです。

―岡山のご出身で、大学時代はどのように過ごしていましたか?

 大学の卓球サークルが部活に変わったばかりの時に入学したので、ほとんどサークルのような感覚で卓球をやっていました。ただ先輩とかはほとんど来なくて、たまに来るときがあったら飲み会や旅行、みたいな(笑)。僕自身は大学のときは自己流でずっとやっていましたね。週3回くらい卓球をやって、あとはアルバイトをしたり遊んだり、という生活でした。

―アルバイトは何をされていたんですか?

 宅急便の仕分けのバイトをしたり、ファッションアパレルの店員も3年間やりました。あとは派遣登録をしていたので、遊園地のアトラクションスタッフだったり、飲食だったり、本の製本だったり、いろいろやっていましたね。いろいろな経験ができたかなと思います。

大学時代にはアルバイトもたくさん経験

―社会人になって、お仕事はどういったことをされていたんですか?

 僕は医療×情報の分野の会社で働いていました。病院にある電子カルテだったり、システム関係の仕事なんですけど、それのSEやシステム営業ですね。システム営業なので、直接的な営業というよりは、病院に行って電子カルテなどの説明をして、みたいな感じです。

―仕事をやめてYouTubeをやり始めたのが2018年ですよね

 YouTubeを本格的にやり始めたのは2018年です。趣味で始めて、そこから半年くらいで登録者1000人になって、確か2018年の年末に会社を辞めました。

 他のインタビューでは「勝算があるからそのYouTubeに切り替えた」みたいな感じで話していると思うんですけど、やっぱり最初5ヶ月くらいはそこまで余裕がなくて、アルバイトをしたり、貯金を切り崩しながらYouTubeを勉強していました。

 その時期はYouTuberとしての収入も多少あって、「貯金+節約しながらなら生活できる」という自信があったので、YouTubeに専念することにしました。

 ただ、貯金がちょっとずつ減っていく、みたいな生活だったので、最初はコーチもやりながらでした。

 2018年から卓球YouTuberとしての活動をスタートさせた「卓キチ」さん。後編では、YouTuberとして手ごたえをつかんだ瞬間や今後の展望、どのような思いで活動をしているかなどを詳しく掘り下げていく。

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