神奈川県川崎市にある「丸子橋卓球スタジオ」を運営する新井卓将さん。卓球インストラクターとして働くだけではなく、講演会やテレビ番組、YouTubeへの出演、卓球パフォーマーとしての活動など、さまざまな形で卓球界に貢献している。
そんな新井さんが今年の3月まで約3年間にわたり指揮を執っていたのがパラ卓球日本代表チームだ。卓球インストラクターとして、これまでに日本代表級の選手の指導なども行ってきた新井さんが、なぜパラ卓球の世界に飛び込んだのか。今回は新井さんにパラ卓球界に挑戦した理由や、そこから学んだことなどについて伺った。
- 目次
- 「卓球パフォーマー」としての技術がきっかけに
- 障がいの中でのプレーの難しさを体感「世界が変わった」
- 「特別な経験ができてありがたい」指導に幅も >
「卓球パフォーマー」としての技術がきっかけに
―新井さんがパラ卓球に携わるようになったきっかけを教えていただけますか?
元々、講習会やイベントなどで障がいのある方から指導の依頼をいただくことがあったのですが、私はいろいろな用具やスタイルで指導をしていて「ピンポンパフォーマー」というような名前でメディア出演などの活動していたことがありました。
「ピンポンパフォーマー」としていろいろな卓球技術を発信していたことがパラの関係者の方の目に留まり、私のプレーや技術、アイデアが参考になるし、選手に良い影響を与えてくれそうということで、パラ卓球日本代表チームの指導の依頼をいただきました。例えば、車いす卓球の選手たちは体に人によって様々な障がいがあって、一般の卓球プレーヤーとは体の状態も車いすを操作するという条件も違いますよね。そこで、パラ卓球選手にも応用できるいろいろな技術、アイデアが求められていたんです。
―正式にパラ卓球日本代表チームと関わるようになったのはいつからですか?
2017年から2年間、外部コーチという形で日本代表合宿などに参加して、技術の指導やアドバイスをさせていただきました。その後、2019年度からパラ卓球(肢体不自由者)日本代表車いす監督兼立位コーチ、2020年度から全体監督として3年間務めさせていただきました。そして、2022年の3月いっぱいで監督を退任しました。
障がいの中でのプレーの難しさを体感「世界が変わった」
―パラ卓球の指導経験を通して何かを得たものはありましたか?
なんというか、世界が変わりましたね。日本国内だけではなく、海外に行って海外の選手を見たことや、パラ卓球の選手たちのプレーや人柄、いろんなところからものすごく学びがありました。衝撃的でしたね。
自分は卓球をそれなりにやってきたつもりでいたのですが、全然勉強が足りなかったなと思いました。(卓球の)表面の一番簡単なところしかやっていなかったな、と。健常者への指導だったら、個性はあるにしても色々な動きができる前提で指導をします。例えば、それが車いす卓球の選手だったら、ここ(胸)から下が麻痺していると、体幹がないので動きが制限されたり、体を支えられないので上半身が倒れてしまうことがあります。ボールに顔を近づけるとか、手を伸ばして振るとか、そういった事も非常に難しい部分があります。
そういった様々な障がいの状態があるということを知って、「どんな動きができるか」「どんな動きができないか」などをいろいろ想像し確かめながら指導をしていました。自分で実際にやってみてもなかなか分からないのですが、想像し、聞きながら試行錯誤してやっていましたね。今までの自分が培ってきたもの、積み重ねてきた経験というものがあまり使えなくなるんですよ。そういったものを再構築する作業が、すごく良かったなと思います。
―パラ卓球に携わったことで、新たな発見があったんですね
そうですね。指導面でいうと、パラ卓球の世界はまだまだ課題だらけで未開拓ですけど、逆にチャンスがあると思います。よく分からないから、ちょっと踏み込めていないという方が多いと思うんですよね。そんな中で信頼関係を築いていったときに、選手とも今までより深いやりとりができるようになると思います。自分でも車いすの練習をして、操作もそれなりにできるようになって、選手がどんな事ならできるのかを自分で試してみるとか。そういう経験が、ものすごく自分の卓球観が変わるきっかけになりましたね。
日本スポーツ協会(JSPO)の公認指導者資格というものがあるのですが、私はその一番上の資格を持っています。JSPO公認卓球コーチ4(上級)という資格です。この「4」という資格は、位置づけとしては日本代表の指導者レベルの資格なんですね。その資格を取った時はすごく勉強になったし、学びがあったんですけど、「障がい者スポーツコーチ」の資格や「障がい者スポーツ指導員」の資格を取るための研修や過程がものすごく勉強になりました。
障がいっていろいろあるじゃないですか。知的障がいもあるし、精神障がいもあるし、目や耳の障がいもあります。卓球と関係ない障がいなどに関してもすべて勉強をして、いろいろな競技についても学ぶんですけど、それが非常に勉強になりました。
「特別な経験ができてありがたい」指導に幅も
―パラ卓球以外にも様々な障がい者スポーツの勉強もされていたんですね
「今まで何もやってなかったんだな」と痛感しました。パラ競技でも「ボッチャ」や他のいろいろな競技の指導者との交流をしてみると、新たな発見がたくさんあって。「うわー」と思うくらい、自分は全然何もやってきていなかったんだなと気づかされました。こんな特別な経験ができて、すごくありがたいなと思います。
パラ卓球の監督になっていなかったら、障がい者スポーツコーチの資格を取るという判断になっていなかったかもしれない。公認卓球コーチの資格を持っているだけで満足していた可能性もあります。公認コーチ+障害者スポーツ指導員とか、スポーツコーチという資格を取る過程がすごく勉強になりました。
そういったことを勉強せずに、卓球教室をやることの無謀さが分かったというか。卓球教室に(障がいを持った方が)いらっしゃるかもしれないじゃないですか。そういった方が来たときに、きちんと状況を理解して対応してあげられなかったら、その人が卓球を続けたり、卓球を好きになるチャンスを潰してしまうかもしれないですよね。
―パラ卓球の勉強をしたことで、普段のレッスンや指導にも生かせることがありましたか?
間違いないですね。パラ卓球や障がい者スポーツの勉強をしたことで、自分の卓球観が完全に変わりました。高齢者の方や子供たち、いろいろな方のできない部分や難しい部分が理解できるようになりました。いろいろな勉強をして知識を持ったことで、いろいろな個性を持つ方たちに対してきちんと対応することができるようになりました。
講習会やイベントに行っても、ジュニアの子たちや子供たちなんかにも指導できることが広がりましたね。そういった意味ですごくよかったです。今までも卓球の専門家として活動してきましたけど、私の中では全然足りなかったことが分かったので。それは今後の指導に生かしていける部分だと思います。
―ありがとうございました
ありがとうございました。
インタビューの間、新井さんから終始感じられたのは卓球への情熱と飽くなき探究心だった。日本代表の指導資格を持つなど、指導者として超一流である新井さんが、新たにパラ卓球の世界に挑戦した理由。それは卓球インストラクターとして更なる成長を求めた結果だった。
インタビュー内で紹介されている「公認卓球コーチ4」や「障がい者スポーツコーチ」などの他に、「卓球療法士(日本卓球療法協会)」や「スポーツフードスペシャリスト」などの資格を保持している新井さん。パラ卓球や障がい者スポーツについてなどあらゆることを経験し、学んでいるからこそ質の高いレッスンや指導を提供できるのだろう。
卓球インストラクターとしての活動だけではなく、今年の4月からはパラ卓球(肢体)日本代表チームにアドバイザーとして携わっている新井さん。今後も様々な形で卓球界に貢献してくれるに違いない。
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